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琉球国から大和の国へ

"頑固親父です
今日は、沖縄(琉球の国)が大和の国にどのようにかかわってきたのか?沖縄が日本の為にどれほど大きな貢献をしてきたかを過去の食材・料理の伝承経路から調べ上げた私の資料の一部を皆様に知っていただこうと思います。

 紀元800年代に弘法大師が琉球船に乗って、琉球国を経由して郷里四国徳島を経由して入京し、高野山に開山いたします。沖縄に800年代に中国から移植されたというお茶の木が今帰仁(ナキジン)に残っています。又、弘法大師が一時逗留したと言われる弘法塚が、今尚、残っております。又、那覇地区にも中国との交流を物語るに西武門(ニシンジョウ)等、ではなく金・梁の読み方の地名が残っており、中国地方豪族とのつながりまで読み取れます。

又、古陶器の発掘の中にトルコ陶器と似通った≪パナリ焼き≫等も発掘され、兵頭織部の織部焼の原型とも思われる古陶器の発掘。南米原産の紅山芋(ウベ)・ベトナム原産(里芋の原種ター芋)、薩摩芋の原種紅芋など沖縄を経由して移入された食材は数え切れない程です。

12・3世紀の琉球の国が如何に広範囲の国々と貿易(琉球交易)を行っていたか?どのような経路で大和文化に影響を与えたか?等興味がわき、沖縄県立図書館に通って文献をあさり県立工業試験場の実験室を拝借し、実験を繰り返したことを思いだします。
北前船で運ばれた北海道の昆布を富山・沖縄に輸送中国に転売し、代わりに輸入した漢方薬を≪富山の薬売り≫が日本各地に売り歩き、漢方薬と一緒に流入した文化を拡散したと考えます。
又、隋・唐・宋等中国に学んだ留学僧の帰国・樽廻船の船頭(船乗り)による寄港地に伝承した食材・料理・滋養強壮漢方の知識・石願當・まとい・三味線・佐渡おけさ・ソーラン節・よさこい節等の流入過程まで沖縄を経由していることに驚きを感じます。

                              頑固親父

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